校長挨拶


 

 教育崩壊が起こり正常化の為に臨教審が出来、それが代々受け継がれて30数年。未だに教 育崩壊の原因さえ掴めていない。日本の頭脳を集めても出来ないのならもう諦めるよりし ょうがないのか。解決法はある。彼らは頭脳ではないと思えばいいのだ。

 論語に曰はく、「名を正せ」。トップは名実ともでなければならない。しかし文部大臣 が教育のプロであるはずはないのだから、実をあげる事の出来る者と二人三脚でやればい いのだ。実のある者は現場にいる。それを捜したければ教育オリンピックをやればいい。 文科省は絶対やりたくないし、マスコミもやらせたくない。自信がないからだ。自分達の 主張が間違いだったとは認めたくないからだ。彼らの面子の為に自分の子供の一生が奪われる。こんな事を許していいのか。黙っていていいのか。国民は文科官僚の交代を要求し なければならない。「権力の交替制」、これが民主主義なのだから。

 

校長戸塚宏の考え方 詳しい内容はこちら「戸塚宏の教育理念」



<戸塚宏校長の略歴、ヨットスクールの歴史>

1940年 第2子として誕生。
1959年 名古屋大学工学部機械工学科入学。
ヨット部に入部。主将として活躍。
1965年 国際ヨットレース初参加。
その後幾多のレースで優勝を重ねる。
1972年 遭難。極限状態を経て生還。
1975年 沖縄海洋博記念「太平洋-沖縄・単独横断レース」にて、41日間という驚異的世界記録で優勝。  
1976年

戸塚ヨットスクール開校。
偶然入校した登校拒否児が正常化。

以後、登校拒否、家庭内暴力、非行、無気力など、情緒障害児を対象としたヨット訓練で画期的成果を挙げ約600人の子供達を更生。この間、2件の死亡事故と2名の行方不明事件発生。

1982年

訓練生・小川真人君死亡。この事件を契機に「サンデー毎日」などの新聞系メディアが中傷記事を掲載。これが引き金となって、マスコミの総攻撃へと発展する。

1983年 戸塚校長とほぼ全員のコーチが逮捕。スクール一時閉鎖。拘留中に「脳幹論」を完成。

1986年 3年1ヵ月ぶりに保釈。同年スクール再開。  
1987年

「戸塚ヨットスクールを支援する会」(石原慎太郎会長)が発足。

1989年 老人病などの機能回復訓練で画期的成果。
1990年 合宿所全面改装。
1992年7月 名古屋地裁で「実質無罪」の判決 (拘留期間よりも短い懲役3年で執行猶予付き)。
検察、弁護側とも控訴。
1997年3月 第2審判決(名古屋高裁)。懲役6年・執行猶予無しの実刑判決。弁護側上告。
1998年 世界人権宣言の間違いを指摘。 沖縄遠征合宿始まる。  
1999年4月 石原都知事誕生。知事就任後も戸塚擁護論を展開。全国各地(名古屋・大阪等)で支援活動活発化。
沖縄合宿開始。
支援する会ホームページ立ち上げ。
2002年2月 最高裁が上告棄却を決定。  
3月29日 全員収監。 残りのコーチで活動継続。  
2003年 山口コーチを代理校長にて活動中  
2005年  戸塚校長が現場復帰。戸塚校長の復帰に伴い山口校長代理が副校長として現場の指揮にあたる。
2007年4月 「本能の力」を新潮社より出版。  
2010年  田母神俊雄氏との対談本「それでも体罰は必要だ!」をワックより出版。
5月 東海テレビにて戸塚ヨットスクールドキュメンタリー「平成ジレンマ」放映
2011年2月 映画「平成ジレンマ」全国上映。
7月 戸塚ジュニアヨットスクール第1回幼児部合宿を長野県木崎湖にて開催。
10月 封印されていた伊東四郎氏主演「スパルタの海」全国上映。
2013年  戸塚ジュニアヨットスクールにジュニアセーリング部設置。

2013年11月

戸塚ヨットスクール37周年記念パーティー開催。
2015年 戸塚ジュニアヨットスクールに土日スクール設置。  
2016年 戸塚ヨットスクール開校40周年を迎える。  
     
 
   

Copyright 1998, Totsuka Junior Yacht School. All Rights Reserved